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題名 投稿者名 E-mail 投稿日時
    ハイデガー  (No. 376)
大滝 2020/06/03 16:14:36

ハイデガー (No. 376) 
投稿者: 大滝 2020/06/03 16:14:36
竹田青嗣のハイデガー入門を読んだ。10年前は1度読んでいるん
だけど、その時は全く歯が立たなかった。10年ぶりに読んでみて、

ハイデガーの「存在と時間」とその後のハイデガーの思想をわか
りやすく書いていて面白く読めた。それにしても生のハイデガー(

とりわけ「存在と時間」以後のハイデガー思想)の文章はわかり
にくい。

『思考はその本質上存在の思考として存在から要求されている。思
考は好ましきものとして存在に関係している。思考は思考として存

在への到着へと、到着としての存在へと結ばれている。存在は自ら
思考にすでに送り届けている。存在は思考の送りもの(運命)とし

てある。しかし運命それ自身歴史的である。運命の歴史はすでに思
想家のものを言うことの中で言葉となっている。』

ナンのこっちゃ!

ハイデガーは、人は死ぬ存在であることに漠然と不安を感じており、
ふだんはそれを忘れようとして日常生活を営んでいる(仕事もレジ

ャーも、そのほかの趣味も)。それをハイデガーは頽落(たいらく)
といっている。

メメント・モリ(死を忘れるな)。死から目をそらさないで生きてい
くこと(本来的な生活)、それをハイデガーはここでいう『存在』とい
っているのだと僕は理解する。

考えなくても(思考しなくても)人は生きていける。しかし、自分
の人生(存在していること)が自分にとって納得いくものであるか

どうか、コロナ禍の今、改めてそれを考えている。


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